何とはなく、様子がおかしいなというのは、
書生の瀬那くんも、
それから庫裏を預かるツタさんも気がついてはいた。
媚びることもご機嫌伺いもしない、
素直で純心、天真爛漫さが売りのくうちゃんも。
それとは次元が別なのだろう、
ある意味 心遣いから…だろか、
おややぁ?と気づくものでもあったのか、
大人しくしていての、静観の構えを取っており。
というのも、
日頃の傍若無人っぷりとは異なる
微妙な違和感が嗅ぎ分けられてのこと。
この屋敷の人々にはもはや慣れ親しんだ存在の、
金の髪も、透けるような白い肌も。
福々しいなんてとんでもない、
ほっそりとした痩躯でありながらも。
そこへ品よく馴染んだ、それは嫋やかな身ごなしも。
日頃の、いやさ ほんの昨日のそれと
どこがと はっきり違いはしないが。
一体、何がどうしたものか。
瞑想しているのか、それとも気を練っての念術の鍛練中か。
ただじっとしておいでに見えるが、それでも。
“近寄り難いっての、判る…よねぇ?”
ピリピリぎちぎち、棘だか それとも冷気だか。
座しておいでのその周辺へ、
見えないながらも分厚くって手ごわそうな気配を、
張り巡らしておいでなのがありありと判る。
「おやかまさま、どしたの?」
「不機嫌、なだけでしょか。」
「そうですね。
それ以外の原因だというなら、
むしろ気づいて差し上げねばならないのかも。」
今日は微妙に寒い寒いだから、
おやかまさまのお膝に抱っこしてほしいのにと、
くうちゃんが上目遣いに見上げて来。
もしかして昨日、僕らが何かしでかしたんでしょか、
壊したものとか忘れてたこととかあるんでしょうかと。
大人しいながら、
時々 桁外れに、そして的外れに心配性な書生くんが、
すがるような眸を向けて来て。
もしかしてお風邪やお怪我を隠しておいでなのなら、
早急にお手当てせねばなりませんのにと、
この時代にあっては厳然とした垣根である筈な、
ご主人と使用人という身分の差も何のその。
本気で案じておいでの、
お内証のご婦人が詰め寄って来るのへと。
「…いや、そういうことを俺に訊かれても。」
冬籠もり中のお仲間を、
そろそろ春も間近だしと見回って来てのお帰り。
敷地に入ったばかりも同然で、
お館様の様子がおかしいなんて、
その陰さえまだ見てもないんだ判りようがなかろうと。
日頃は恐持て、目許も口許も不敵に頼もしくも、
ともすりゃ おっかない印象さえある筈な彼だのに。
今は…見るからに困惑気なお顔になるばかりの、
黒の侍従様であったりし。
そんなお言いようで困惑しておいでの蜥蜴の総帥様へは、
「葉柱さんだって、一目でそれと判りますって。」
普段は腰の低い、いたって大人しい子であるものが、
妙な拍子で強気の大胆にもなっちゃう書生くん。
ぐずぐず言ってても始まらないと、
小さな両手で“てぇ〜いっ”とばかり、
侍従様の広い背中を押しまくり。
半ば強引に中庭の取っ掛かりまでを促す、張り切りようよ。
「ほら。何か妙でしょう?」
この時分はすこぶる陽あたりのいい、
広間の庭側に連なる長い長い濡れ縁へ。
何とはなし、
手持ち無沙汰に座っておいでの御主様ではあるが…。
「………成程な。」
柔らかな早春の陽だまりの中、
白いお顔を頼りなげに晒しておいでの神祗官補佐様。
そんなしておいでなこと自体、様子がおかしいその上に、
他にも何か、拾えたものか。
精悍にして男臭い、
そんな横顔を尚増す、きりりと引き締めてしまった葉柱だったのへ。
おやおやもっと緊急事態だったのかと
家人の皆様も息を詰めてしまったものの。
◇◇
「颯爽と近寄って行かれましたが、
そのまま…何か二言三言話した直後に、
桧扇でばっちこ〜んと、威勢よくぶたれてしまわれて。」
「おやおや。」
季節の変わり目、
それも雪や寒風に晒された冬が明ける頃合いに、
家の補修がいるのかどうか、
さりげなく見に来てくださる工部の宮士。
蛭魔とも昔馴染みの武蔵さんがおいでになられたものだから。
心当たりはないですかと、
温めた白酒を出しつつ、セナくんが問うたものの、
「さてなあ、あいつがお天気なのはいつものことだったし。」
こちら様も、そういえばどこか大雑把なお人だからか。
心当たりはと訊かれてもなぁなんて、
苦笑するばかりでおいでだったりし。
午前中に引き続き、
今もまだ微妙につんけんしてらっしゃるお館様なのでと、
直接の対面は控えた方が…なんて引き留められての このご接待。
「そうですか、ご存知ないですか。」
「ないでしゅか。」
小さな仔ギツネ坊やをお背(せな)に背負い、
鹿爪らしいお顔になって、うんうんと唸っている少年を前に。
その内心で別な苦笑が止まらぬ武蔵さんだったりして。
“心配してくれる人間がこうまで増えるとはな。”
決して世を拗ねていた訳じゃあなかったが、
それでも、自分からその身を孤高においていた節が強かった、
そんな蛭魔だったものが。
今だって、きっと全くの全然、可愛げのないままなんだろに。
それでもこうして、暖かい家族に囲まれている彼で。
途轍もない咒を操れるからでもなく、
高い位を授かった身だからでもなく。
時々見せるお人よしな采配や、
陰ながらの手助けを、ちゃんと皆して気づいているから。
そういう奥深い人たちからこそ、理解されていることこそ宝だと。
“あいつの側からこそ、判っているやらいないやら、ってか?”
間近い春をそのまま忍ばせる優しい陽射しの中、
傍らに座す黒装束の侍従殿の大きな背中へ、
やや乱暴に凭れかかった術師殿。
実は……きんと冴えた朝の冷えのせいでか、
その身が暖まるまで、頭痛がして止まなかったからだというの。
結局、誰にも拾えなかったんだったりし?
春本番が来るまでは、
同じような朝を繰り返すんでしょうかと。
今年も遊びに来ていた仔猫が、
にゃあおんと長鳴きした浅春の午後……。
〜Fine〜 11.02.21.
*以前に何かで
“○理中の関西のおばはんは無敵なんだろな”
という呟きを拝見したことがあり、
爆笑した覚えがありますが。
微妙に○理中じゃあありませんものの、
今の私なんぞも最強かもしれません。
二日跨ぎの偏頭痛、絶賛続行中ですので。
触らぬ神にたたりなし…。
めーるふぉーむvv

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